社長のブログ過去記事

2015/06/25
6/25 ただいま帰りました

京都はまるで松明の炎を押し付けられたような暑さでした。

 


このたび長男・丈生の転職のため、水木と京の都に上洛してきました。

実は丈生は6月いっぱいで今働いているシェラトンホテルを辞し、

9月から私が32年前に修行を積んだ京都公益社さんにお世話になることになりました。

正式にふじもと美誠堂の4代目を襲名する決意を固めてくれました。


もっとも親としては経営と言う過酷な世界に息子を引きずり込むわけで、

嬉しい反面、不安でもあり、

まるで戦場に送り出すような複雑な気持ちと言うのが本音です。

 

私は息子や娘は世の中の公器だと言うのが持論で、

社会に出た段階で子供は世の中の物。

親の手を離れて世間が育て、使ってくださるものだと思っています。


親の務めは子供たちが世の中の戦力になるように育て上げることです。

ですから人様に迷惑を掛けないように手塩にかけて子育てをするのです。

世に出るまでは限られた時間しかないから

できる限り一緒にいるときを作ろうとしています。

 

本来、就職の面接は本人が一人で行くものでしょうが、

今回ばかりは同業者であることは勿論、私自身がお世話になり、

今日の基礎を作ってくださった恩義がありますので、

過保護かとも思いましたが近況報告も兼ねて同行した次第です。

 

振り返れば私が公益社さんの門を叩いたときは父は既に病床に伏せており、

まだ大学に通いながら修行の道に入ったことを覚えております。

海の物とも山の物ともつかない、田舎から出てきた若造を

公益社さんは温かく迎えてくださり、

そして厳しく育ててくださいました。さすが業界の頂点に立つ会社です。

 

今回の突然の無理なお願いも、松井副社長はふたつ返事で引き受けて頂き、

御自ら面接もして下さいました。

烏丸三条と言う一等地にある本社ビルの応接室に通して下さり、

石井副社長、更には松井社長までご同席頂き、

まるで私が面接を受けているような気持ちになりました。

気が付くとクーラーの効いた快適なお部屋だったのにもかかわらず、

大粒の汗がしたたり落ちていました。

「公益社の卒業生としてどんな子育てをしてきたんや?」そう問われているような気がしたのです。

 

 

一方、丈生はどうかと言うと、若者らしくはきはきと礼儀正しく質問に答えておりました。

今のホテルが息子を立派に育ててくださったようです。

 

30分の面接時間が何時間にも感じられましたが無事に終了し、

帰りには社長専用車のベンツで送ってくださいました。

車中ではこれも同行していた妻・修子が一番はしゃいでいました。

彼女もほっとしたのでしょう。温かい会社と息子の成長を見て。


その後、三人で先斗町まで足を延ばし、

川床でビールを飲みながら昼食を摂りました。

ささやかな就職内定の宴でした。

元気だったら私の父もきっと同じことをしたかっただろうなあと賀茂の流れを見ながら思いました。

 

丈生との別れ際、私は付けていた腕時計を外して手渡しました。


「これからは男同士の時を刻んで行こうじゃないか」


まともな腕時計をしていない息子を見て

ふと、そんな気持ちになったのです。

 

平成27年水無月 雨の降らない京都にて