2018/04/06
水曜日のYシャツ
袖を通すのがためらわれるYシャツや服がある。
きちんと糊付けがほどこされ、几帳面な仕上がり具合にクリーニング店のご主人の人柄を見る思いがしていた。
毎週水曜日の夕方、底抜けに明るい店の奥さんが配達してくれていた。
そろそろ初老に差し掛かろうとする年齢にもかかわらず、いつも若々しく、やや派手目の化粧が笑顔に似合っていた。
時には自家製の金柑の甘煮や漬物が添えられることがあった。
いつしか私は毎週水曜日が来るのが楽しみになっていた。
いつもきちんとしたYシャツと共に奥さんの元気も届けられていたからだ。
今週もそろそろ水曜日が近づいてきたな。
そう思っていた矢先、私の妻の携帯に一本の電話が入った。
いつものクリーニング店の奥さんの元気な声だったが、伝えられた内容は真逆のものだった。
店主だったご主人が心臓発作で急死したという悲報だった。
まさか‼
私たち夫婦は呆然となった。
毎週毎週、雨の日も風の日も、震え上がるような寒い日も、店の奥さんが抱えてくる私の洋服にはご主人の渾身の魂が込められていた。
来週からもうその「作品」を身につけることはできなくなったのか…。
ご夫婦には立派なお子様がいたが、それぞれ違う道に進んでおられた。
通夜、葬儀と慌ただしく準備が整えられていった。
そんな中でも奥さんはいつものように気丈にふるまっていた。
そして私は初めてご主人と対面するときがきた。
棺の中のご主人は「作品」通り実直で少し頑固な表情が見て取られた。
この人が毎週毎週、私の服にアイロンをかけてくれていたのか。
しみじみとした思いの中でのご主人との最初の出会いは、同時に最期の別れのシーンとなった。
存命中にひとこと声を懸けたかった。
「これまで私の戦闘服を整えてくださってありがとうございました。
お陰でいい仕事ができました。
それと、私服もいい具合に仕上げてくれましたね。
お陰でちょっぴりモテました」
ご主人が残した作品は、大切に保管し
いざという場面の勝負服にしようと思っている。
これまでありがとうございました。
あちらでまたお世話になりますよ。
合掌